エトルタの日常

真実をお話しします。

真実をお話しします。

こんにちは。 ヴィンテージ手織りラグ専門店 Maison Étretatです。   私は誇張表現が苦手です。 カッコをつけるのも。 例え目の前の相手に稚拙な印象を与えてしまったとしても、素朴な表現を繰り返します。 飾らない姿で人と接することが好きですし、大人になった今はそうすることがもっとも心地よい対話。 そして接客だと思います。   だから今日はお店での真実をお話しさせてもらいたいと思います。 blogを覗いて下さるような方の前では、何も飾ることはありません。 ありのままの京都のメゾンエトルタ。 それではお店での『真実をお話しします』。   ヴィンテージラグブーム まずは本題に入る前に、補足説明をさせて下さい。 昨今ヴィンテージラグブームがありました。 一般的なヴィンテージラグの買物体験。その姿を簡単に。   Instagram(インスタグラム) で火がついて流行しているヴィンテージラグ。 お部屋に敷くとガラッと雰囲気が変わり、写真に映る姿も特別です! そして作家ものとは言わないですが、カジュアルなものであってもひとつひとつ手織りされています。 全く同じ物が、この世にふたつとないラグなんて! 想いを寄せて思わずドキドキしますね。   魅力はやっぱり中東部族のデザイン性、そしてその古びた風合いだと思います。 ネットで検索する時も、そのシャビーな佇まいに惹かれて探し回ってしまいます。 イメージ通りのものが見つかった時には有頂天!...

幸せになる準備。

幸せになる準備。

 こんにちは。 色や姿かたち。同じものはふたつとないヴィンテージ手織ラグの世界。 ラグを手にした時、これを買う為に準備をしていたのではないかな?と思うような時があります。 今日は『幸せになる準備』というお話です。     人は知らない吉より、知っている凶 次の言葉を良い例えとして使わせて下さい。 "人は知らない吉より、知っている凶" ん?吉と凶? そうです。人間は知らないものよりも、知っているものに手を伸ばす傾向があります。 例えその"知らないもの"の先に良い事が待っていたとしてもです。   私自身もこの言葉は仕事のシーンなどでよく耳にする言葉でした。 "いつも通りの行いが、いつも通りの結果を招く" "最初は大変だけど、未知の世界に足を踏み入れれば新しい世界がから開かれる" 仕事のパートナーから言われた事もありますし、後輩に対して近しいことを言ってきた過去もあります。   それで何故この言葉を持ち出してきたかと言いますと、インテリアの世界ではこの言葉が逆説として通用するからなんです。 "知らないものよりも、知っているものが大吉" あくまでも私の持論です笑   心とからだの準備 お店を始めて半年も経たないのですが、多くのお客様に支えられてなんとか今日もお店を開けることが出来ています。 そのお客様達の声として  "まるで前からそこに合ったかのような、、"  という嬉しいお言葉を頂戴することがあります。 ヴィンテージラグという趣向品をお届けする身としては、それ程嬉しい褒め言葉はありません。 言われた時はとてもとても幸せな気持ちになります。  ...

暮らしに高さを。

暮らしに高さを。

  『暮らしに高さを』 これはインテリアの世界に携わるずっと前。 思い返せば幼少期からずっと私の行動の指針になる言葉でした。 大人になってからこの言葉は、私にとって方角を示すコンパスのようなものになりました。道に迷った時にはいつもこの言葉を頭の中に持ち出して、判断してきたように思います。 さあ、手織り絨毯で暮らしに高さを。

アートか商売か。

アートか商売か。

  こんにちは。 今日は『アートか商売か』のお話です。    きれいなものに真剣に向き合う時、必ずといっていいほど必要とされる判断があります。  それはその作品を作る側か、それとも売る側かということです。 誰もがピカソのように才能を持ち、自己プロデュースも成せるかというとそれは難しい話です。 多くの人は2択を迫られます。 作家、アーティストとして作品(アート)に向き合って表現する人間になるか。またはそれを紹介する(売る)人間かです。 選んだのは商売 私は売る側、タイトルで言う"商売"を選んだ人間です。 自己表現を追求するタイプであっても、芸術作品を作ることよりもその流通に興味がありました。 どんな人が作って、だれが喜んでくれるのか。 作家の手を離れてからどのように価値が生まれるのかということです。 (※学生時代は美術の専門にいながらも、こんなことばかり考えていました)    そして良いと思えるものが正当に評価されていないことに、勿体ないという想いを常日頃から胸に抱いていました。 私の知り合いには沢山います。 私なんかが到底及ばないような遥かに魅力的な才能。そんなタレントながらも、上手に自分を売り込めない人たち。才能から芽を背けて、自分を納得させる人たちが。 そのきらりと光る才能を知っている身としては、なんとももどかしい気持ちです。   ディーラーという仕事 正しくはアーティストかディーラーか。という問いかけが正しいのかもしれませんね。私はまぎれもなくディーラー(売る人)です。 人目に触れることで価値が生まれていくその様に、感動するタイプの人種です。 こじつけて言うならば、その価値が生まれるプロセスが私にとっての自己表現。飾って売ったものを買ってもらう。その姿がまるでアート表現のようです。 ヴィンテージラグもお客様の手に渡るところまで責任を持つことで価値が高まると信じています。 落第生のレッテル 私は一般的に言うアーティストや作家にはなれませんでした。 先ほど少し注釈しましたように学生時代は美術をやっていたのですが、そこで既に結論が出ていました。  ...

デザインのある暮らし。

デザインのある暮らし。

  こんにちは。 今日は『デザインのある暮らし』についてです。   さっそくですが少し話を遡ります。 私が大学生時代の話です。 学生時代って自分が持っていないものに強く憧れて、毎日を生きる活力がそれしかなかったり。。 皆さんにもそんな経験はありませんでしょうか? 強い憧れと原動力。 私の場合、それが"デザイン"でした。 ファッション文化とは程遠い田舎町で生まれ育ったのでより一層その想いが強かったのは確かです^ ^   デザインって何? 一言で"デザイン"というとこうしてヴィンテージラグのように姿カタチがあり、目の前にモノ(物質)として存在するものが一般的です。 建築や洋服なんかもデザインの塊ですよね。 誰かの想いをカタチにしたモノです。   またそのようなモノに限らず、"デザイン"というものは日々の暮らしの中に存在します。 デザインをカタチにするまでの行動や仕組みです。 私はこの後者の"デザイン"に強く惹かれました。 そもそもデザインという言葉の定義が広がったのも、この頃でした。   行動や仕組みのデザイン? 一番簡単に言うと、動詞のDesign。 服飾デザイナーがするデザイン。グラフィックデザイナーがするデザインという仕事そのものです。 個々人の毎日のルーティンもそうですよね。 自分がどうやって一日を過ごすかを"デザイン"した結果です。朝目覚めて、顔を洗って、ゴハンを食べて、職場(学校)に行き、何か活動をする。 完成したモノ(物質)にとどまらないデザインの定義です。  ...

失敗続きの買い物。

失敗続きの買い物。

こんにちは。 今日はタイトルにある通り、自分の失敗体験をお話ししたいと思います。 読み終わった後にはほんの少しだけ、お店の事を理解してもらえるかなと。 それではどうぞお付き合いください。 《私の失敗体験》 ネットショッピング 実店舗 値段がわからない 失敗したくないし、して欲しくない。   1.ネットショッピング  まずひとつめの失敗のお話はこちらから。 ネットショッピングがヴィンテージラグという世界でもだいぶ普及してきました。 私もお買い物をしたことは沢山あります。とても便利で家にいながら、ポチっと買える。その楽さはなんとも快感です。 ... ただしその便利さに喜んでいられたのも、届くまでの数日間の間だけでした。 いざ荷物が到着! 開けてみると色々な問題がありました。。 ※この写真はあくまでも荷物が届いたというイメージです。中東から届く通常入荷の荷姿です。   初めてお買い物した時は、実物と色が全然違っていました。お店に問い合わせたところ、「光の具合によって見え方が異なる」との返事でした。 太陽光と室内の姿の差は十分わかっているつもりではありましたが、あまりにもオンラインストアに掲載してある写真とは違いすぎて驚いた記憶があります。 この時はヴィンテージ品だから仕方ないか。そう自分のせいにして納得しました。  次に出逢ったのが、ニオイ問題です。 新しいものに慣れている私たち日本人には、手織り絨毯の使用素材である"毛"ですら抵抗のある人はいらっしゃると思います。 動物の毛=チクチクする。手入れが大変。 このくらいならまだ良いものの、気になるニオイとなると結構負担を感じます。負担というよりも、もっと単純に生理的に嫌だなぁと言う気持ちになりました。 この時は特殊なのかもしれませんが、販売店の方にお聞きすると「現地の人は洗剤と泡でジャブジャブと泡うことがなくって、使っているそのままの状態。」との返事でした。 やり切れない気持ちのまま、なんとか気持ちを納得させました。 "まあデザインが好きで買ったんだし、そういうこともあるか!"そんな風に自分に言い聞かせました。...